この景色が見たくて長野に移住してきたんだなぁ
初めて峰の原高原を訪れ、こもれび広場のベンチに座ったときのこと。北アルプスを望む景色を前に、私はそう感じました。2022年11月の協力隊ブログに残した言葉です。[出典:「峰の原高原について感じたこと」]
それから約3年。2025年9月に地域おこし協力隊の任期を終え、私は峰の原高原で暮らし続ける道を選びました。現在はMinenohara Craftsとして、この土地で仕事と暮らしをつくっています。[参考:Minenohara Crafts「ご挨拶」]
あの景色との出会いから、ここに根を下ろすまで。振り返ってみると、その間には、いくつもの人との出会いがありました。
山の近くで、自分の仕事をつくりたい
会社員だった頃、私は登山のために兵庫県から長野県へ通っていました。北アルプスの涸沢で初めてテント泊をして以来、山にすっかり魅了されていたのです。
片道6時間以上をかけて訪れるたび、この景色の近くで暮らしたいという気持ちが大きくなりました。自然に関わる仕事にも挑戦したい。でも、会社を離れて何ができるのか。失敗への不安もありました。
そんなときに知ったのが、須坂市の地域おこし協力隊です。先輩隊員と事業に取り組みながら、やがて自分の仕事をつくって独立する。その仕組みに、移住後の道筋が見えました。
応募前に参加した芋煮会では、自然の中で食事を囲む時間を過ごしました。自分も、こんなふうに人が集まれる場所をつくりたい。そう思い、2022年10月、須坂市で新しい生活を始めました。[参考:楽園信州・着任当時の移住者体験談]
この場所を、もっと知りたくなった
峰の原高原を訪れたとき、美しい眺めとともに気になったのは、使われなくなった建物や土地でした。
空きペンションを、山を楽しむ人が集まる場所にできないだろうか。自分もそこに暮らしながら、人を迎えられないだろうか。
当時のブログには、そんな構想を書いています。ただ、地域のことはまだ知らないことばかり。まずは歩いてみる。催しに参加する。そこで暮らす人を知る。思いついたことを形にするには、その積み重ねが必要でした。[参考:「峰の原高原について感じたこと」]
2023年春、私は須坂市街地から峰の原高原の元ペンションへ移りました。一斉清掃では緊張していたものの、一緒に手を動かすうち、少しずつ顔と名前がつながっていきます。食事会へのお誘いや、道で交わす世間話もうれしい日常になりました。
峰の原高原でずっと暮らしたい
卒業時のブログで振り返ったこの思いは、そんな毎日の中で育ったものでした。[出典・参考:「地域おこし協力隊卒業!3年間で生まれた出会いと沢山のありがとう(前編)」]
生ハムとの出会いが、仕事につながっていく
峰の原高原への転居が決まった頃、テレビで見た生ハムづくりに心をつかまれました。紹介されていたのは、標高1,500mの元ペンションで生ハムをつくる「ジャンボン・ド・ヒメキ」の藤原さん。自分の暮らす場所でもできるかもしれない。連絡を取り、学び始めたことが、As Neco Hamの原点です。[参考:協力隊卒業時のブログ・前編]
2023年11月の活動報告には、週に一度お手伝いに通い、毎回学ばせていただいていることを書いています。同じ頃、峰の原高原では、森を使った体験や仕事づくりにも取り組んでいました。
食をつくること。森を活かすこと。人が訪れるきっかけをつくること。今の事業につながる取り組みを、この頃から少しずつ重ねていたのです。[参考:「野澤の週間活動報告 〜信州須坂見聞録 其の八〜」]
私の日常が、誰かの特別な一日になる
峰の原高原で初めて迎えた夏には、友人や以前の職場の仲間を招きました。近くを案内し、一緒に料理をつくり、食卓を囲む。自分には日常になりつつある場所を、みんなは特別な休日として楽しんでくれました。
親子の森林体験を手伝ったときも、忘れられないことがありました。木登りを支えて翌日は筋肉痛。それでも、子どもたちの笑顔を見るとうれしかった。帰り際に写真を頼まれ、カメラを向けようとしたら、一緒に写ってほしいという意味だったのです。
この景色をもっと多くの人に見てもらいたい。
2023年8月のブログに書いたこの思いは、人を迎える経験の中で、より具体的になっていきました。ここで過ごす時間が、その人の思い出になる。その手伝いを、仕事として続けていきたいと思うようになったのです。[出典・参考:「峰の原高原の日常は皆の非日常〜観光地に住むということ〜」]
ここに残るために、暮らしを支える仕事を
人を迎える喜びを感じる一方で、施設を維持する費用も、自分の生活も支えていかなければなりません。協力隊の任期には終わりがある。その先もここに住むために、住まいと仕事を具体的に整える必要がありました。
2024年5月のブログでは、卒業後の住まいとして、峰の原高原の地区内に別荘を購入したことを報告しました。
それまで暮らしていた元ペンションは、生ハム工房と交流拠点にする。自分が落ち着いて暮らす場所を別に持ち、元ペンションには、いろいろな人を迎えられるようにしたいと考えたのです。
ただ、改修に必要な費用は、貯蓄や協力隊の活動資金だけでは足りませんでした。必要な工事の見積もりを取り、資金調達の準備を進める。任期中に事業を始めるため、起業を決めました。
ここで暮らしていきたいという気持ちを、家を持ち、仕事を始めるという行動に移した時期でした。[参考:「永住と起業、峰の原高原で暮らしていくと決めた協力隊員のお話」]
不安で眠れない日もありました。それでも、相談を重ね、地域の方や専門家の力を借りながら準備を進め、2024年10月、Minenohara Craftsを開業しました。[参考:やまじゅう編集部・開業者インタビュー]
受け取ったものを、この場所で返していく
2025年9月、3年間の任期を終えました。その後も峰の原高原に住み続ける理由を、年が明けてからのブログにはこう書いています。
生活の中で地域と関わり続けたいと考えたからです。
森を整える。生ハムを仕込む。Forest Baseで訪れる人を迎える。今のMinenohara Craftsの活動は、ここでの暮らしとつながっています。手を入れた森に人が入り、この土地の気候が育てる食を味わい、食卓やストーブのそばで言葉を交わす。そうした時間を重ねられる場所をつくっていきたいと思っています。
大切にしたいのは、また訪れたい、これからも関わりたいと思ってもらえる関係です。地域の皆さんと相談しながら、無理のない歩幅で、その輪を広げていきたい。[出典・参考:「2026年、これからも峰の原高原で…」]
初めて来た日の私のように、景色を眺めて心が動く人がいるかもしれません。食事や会話をきっかけに、峰の原高原が少し身近になる人がいるかもしれません。
峰の原高原で受け取ったご縁に、日々の仕事で応えていく。それが、この場所で暮らすと決めた私の、これからの歩みです。
峰の原高原へお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。この場所のこと、暮らしのことを、ゆっくりお話しできたらうれしいです。




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